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zoom RSS 【吉】東日本大震災 被災地ボランティア活動に参加

<<   作成日時 : 2012/09/12 23:32   >>

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このLogをUPした前日。
9月11日は、震災から1年半が過ぎた


2012年9月1日(土)

 6月に続いて2回目の被災地ボランティア活動に参加した。

 活動場所は、前回と同じ「福島第一原発 20km圏内」南相馬市小高地区


朝 4:30
 今回も自分が働く会社が仕立ててくれた大型バスに乗り込んで、一路福島県に向かう。


9:00 南相馬市生活復興ボランティアセンター到着
 今回は、一般参加の受付時間に間に合ったので一緒にオリエンテーションを受ける。

 我々が15人、
 どこかの消防隊員が10数人
 そして、一般の小グループが幾つか集まって約50人強が集まった。

 担当者から作業割り振りを受ける。
 我々も現場に行かないとどんな作業があるのか判らない。
 被災者からの要望、集まるボランティアの人数によって当日決められるのだろう。

 今回は一般住宅の清掃が2件と、地域祭りの協力の3件だった。
 復興に向かって元気つける祭りとの事だったが、こう言った催しの協力依頼あることが明るい話題だ。

 そして、我々含む30人が受け持ったのが、作業内容の説明のときにどよめきが上がった、”旧家の畳上げ100畳”の現場だった。

 我々はそれぞれの車に乗って現場に向う。



11:00 作業現場到着、作業開始
 
 警戒区域との境を示す看板を通り過ぎ、警戒地区に入る。
 ここは今も電気、水道などのライフラインが復旧していない。

 その旧家は高台にあり、その家に行くためだけの細い道は大型バスでは入れない。

 他のボランティアの乗用車に乗り込んでピストンで運んでもらった。

 旧家は”ジブリ映画”を思い出させる軒が大きく張り出した平屋。
 その軒が今にも崩れそうなほど傾いていた。

 昔の農家らしい大きな屋敷。
 確かに畳100畳はありそうだ。


 作業は、畳100畳を外に運び出すチームと、裏手の作業小屋を片付けるチームに分かれて作業開始。

 自分は作業小屋を片付ける作業につく。

 作業小屋と言っても面積は一軒家程もある大きな小屋(大屋??)

 その中の物は、みんな砂埃にまみれていた。


 ここは、幸いにも高台の為、津波の被害は受けなかったそうだ。
 けれど、一年間立ち入りを禁止された古い家屋は、
地震のダメージを手入れをしてもらうことも出来ず、その人達が生活していた環境を一瞬にして駆逐させていた。

 作業は、本当にしんどかった。
 埃まみれになる作業を覚悟していたし、天気予報では、”一時雨”だったので、6月と同じ合羽で作業した。

 これがいけなかった。
 風を通さない合羽は体温を全く逃がさず、太陽の熱も吸収した。
 力仕事のうえ体温調整が出来ず、一瞬フラフラ気を失いそうになった。

 機械化が進んだ今でも”人力の結集”は侮れない。

 あっという間に畳100畳は運び出され、午前中の1時間で作業小屋の物もほとんど運び出すことができた。



午後の作業

 熱中症寸前で、昼食の弁当もなかなか喉を通らず、お茶で流し込む感じだった。

 午前中に一気に作業を進めたおかげで、午後は若干ペースダウンで作業。

 ここの屋敷。
 作業小屋は一つではなく三つあり、その中の物も外に運び出す。

 その中には、震災前2010年の秋に取れたお米もあった。
 2011年に自分達が食べる為に保管していた一年分のお米。
 60kg袋が10袋ほどあったと思う。

 残念ながら、これも廃棄
  
 せめて野生の動物に食べてもらおうと、裏地に巻くことにした。

 この米を作った主人と一緒に米袋を裂いてお米を巻いた。
 
 切なかった。。。

 本当に。。。


 
 ご主人の奥さんはとても優しく上品な方。

 ボランティア一人一人にタオルやジュースを配っていただいた。

 「ここは高台だから、津波のときみんなここに逃げてきたんだよ。」
 「ここから、津波に流される自分達の家を見てたんだよ。」


 休憩のとき、大きく突き出した軒の下の広く長い縁側に腰掛けながらお話していただいた。

 縁側からは、広く開かれた景色が見え、炎天下の疲れを癒してくれる涼しい風が通り抜けた。


 ここのライフラインが復旧し、瓦礫が片付くのはいつのことになるか?

 いつかこの縁側に吹き抜ける風を穏やかな気持ちで感じられる日が早く来ればいいなぁと思った。   



 前回の6月は警戒区域解除からちょうど2ヶ月が過ぎた時で、
低く垂れ込んだ雨雲のせいもあってか、正に”廃墟”、”ゴーストタウン”と思う只ならぬ雰囲気があった。

 立ち入りが許されて半年たった今回は、警戒区域内でもすれ違う自動車の数もずいぶん多かった。

 道路のガードレールに乗り上げた自動車や、側溝に落ちている自動車も撤去されていて、確実に修復は進んでいる実感があった。

 それでも、走るバスの窓から見た風景には、まだまだ多くの爪痕が残っている。

 次回、また募集があったら参加しょう


『農地だったと思われる所に放置されたままの瓦礫』
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『地震で崩れたと思われる石灯籠』
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『津波で破壊された一階部分』
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『津波に流された車が今でも放置されている』
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